相談

 父は既に他界しており,母の子として,私(長男)と次男がいますが,次男が重度の身体障がいを持っています。これまでは,母が、母の預貯金や賃貸アパートの賃料から、次男の生活費や施設費を払ってきました。

しかし、母も高齢になり、最近、通帳や重要書類の置き場所を忘れてしまうなど、物忘れが増えてきているので、近い将来、認知症になって、預貯金や賃貸アパートの管理ができなくなるのではないかと心配しています。

 母からは、私(長男)が財産を管理してくれるのなら、そうしてもらいたい、母が亡くなった後も次男を支援していって欲しい、と言われています。
現時点で、何かやっておくべきことはあるでしょうか。

 
 

回答

1 何もしない場合

 あらかじめ何らかの手段を講じておく必要性があることを理解していただくため、何もしないとどうなるか、を最初にご説明します。
 本件で、まず考えられるのが、懸念されているとおり、母親が認知症になり、物事を判断する能力が十分でなくなってしまうことです。
 この場合、物事を判断する能力が十分でないため、母親自身は、預貯金や賃貸アパートの賃貸管理及び大規模修繕等の不動産管理をすることができなくなってしまいます。
 そこで、母親の財産を管理する人物(成年後見人)が必要になってきますので、成年後見人選任の申立てを要することになるでしょう。

2 成年後見人選任の申立て

 成年後見人選任の申立てをし、成年後見人が選任されれば、預貯金や賃貸アパートの管理は、成年後見人が引き継いで行っていくことになります。
 したがいまして、預貯金や賃貸アパートの管理者がいなくなってしまう、という心配はありません。
 ただし、選任された成年後見人は、実務的には、財産を維持する方向で保守的に財産を管理しますので、賃貸アパートの建替えや大規模なリフォームなど、積極的な判断を要する財産管理を行うことは、基本的に、期待できません。
 また、成年後見制度は、大きく分けると「法定後見制度」と「任意後見制度」の2つがあるところ、前者の法定後見制度の場合、申立人が後見人候補者を提案することはできますが、家庭裁判所はこれに拘束されません。
 したがいまして、申立人や親族などを後見人に選任するか、または弁護士などの第三者を選任するかは、裁判所の裁量に委ねられます。

3 任意後見契約の締結

 そこで、特定の人物を確実に後見人にしたい場合には、後者の任意後見制度を活用することが考えられます。
 具体的には、母親と長男の間で、あらかじめ任意後見契約を締結しておけば、母親が認知症などで判断能力が不十分になった場合、長男が母親の財産管理を引き継いで行うことが可能になります。
 ただし、積極的な判断を要する財産管理を期待できないことは法定後見と同様ですので、アパートの建替えや大規模リフォームなど柔軟な財産管理ができる余地を残したい場合には,成年後見制度は適しません。
また、成年後見が開始するのは、母親の判断能力が不十分になってからですので、その前に長男に財産管理を任せたい場合にも、成年後見制度は適しません。
 更に、母親が亡くなった時点で、成年後見は終了しますので、障がいを持つ次男の生活支援対策も、成年後見制度では果たせません。
そこで、これらの問題を解消するためには、現時点から、家族信託の活用を検討すべきといえます。

4 家族信託

 家族信託を活用すれば、柔軟な財産管理が可能になりますし、成年後見と異なって,母親の判断能力が不十分になる以前に効力を発生させ、また、母親が亡くなって以降も効力を存続させることが可能です。
 ただし、家族信託を利用する場合、受託者の存在が不可欠ですので、受託者を引き受けてくれる人物がいるか、ということをまず考えなければなりません。親族や友人等、候補者が見つからない場合は、他の手段を検討すべきでしょう。
 また、家族信託は、家族全員が納得の上、手続きを行っていく必要がありますので、家族関係に問題があるなど、家族全員の納得が得られない場合、家族信託を活用することは、適切ではありません。
 そこで、これらの場合は、成年後見制度や遺言などの他の手段を検討せざるを得ないでしょう。